2005 年 2 月 20 日

「屋根裏の探検者」 (建築とまちづくり No.330)

民家再生:屋根の探検『屋根裏の散歩者』はご存知江戸川乱歩の傑作。名探偵明智小五郎が密室殺人のトリックにいどむ作品である。真っ暗な天井裏を這いずり回って天井板の隙間から下の部屋を覗くぞくぞくするような楽しみを、よくも素晴らしい推理小説に仕立て上げたものだ。

筆者の場合は民家調査という職務上、下を覗かずに上を見上げ、屋根裏の構造を眺めてぞくぞくしている。屋根裏には得体の知れない様々な物体があるからだ。

鼠や鳥の死骸が横たわっているのはよくあること。蜂の巣があるときは要注意。屋根裏でこちらが仏様になりかねない。そんな危険にもかかわらずこの暗い空間が魅力的なのは、驚くべき発見があるからだ。

ある民家ではほこりの下から棟札が出た。棟札は棟木や束に取り付けてあるものだが、この家は関東大震災でだいぶ傷んだと聞くので、その時に天井に落ちたのであろう。80年のほこりの堆積が今までの発見を妨げていたのだ。

千葉県のある民家では柱に奇妙な黒い物体が縛り付けてあった。近づいてみると藁の米俵である。なぜ屋根裏に米俵か。すぐにでも中を見たいという誘惑を押し 留めてその場は終えた。その後様々な文献を読んだがはっきりしない。結局地上に下ろして衆目の前でうやうやしく蓋を開けた。中からは大量の紙のお札、その ほか一振りの木剣と一連の数珠が出てきた。お札を調べると、地元の神社やお寺だけではなく伊勢神宮のお札まである。毎年いただくお札をこうして棟上げの儀 式の時に俵に詰める風習があったのだ。

別の現場では棟木に鏑矢(かぶらや)と一緒に草鞋(わらじ)が縛り付けられていた。鏑矢は棟上げ式に屋根に掲げるものだが草鞋は何か。これも儀式と関係があるのか、まだ解明されていない。

屋根裏で昔の大工技術を見て驚くことがある。数年前四国の民家で発見したのは、天井板を留める竹の「稲子」であった。昔の天井板は薄い杉の板を棹縁に乗せ て上から釘で固定する。そして棹縁と棹縁の中間で重くなった板同士に隙間ができるのを防ぐために「稲子」という小さな木片を板に差し込む。その細工は大変 で、「蟻」という加工によって稲子と板を緊結させるのである。しかし四国のその現場では、竹の小片を三角形断面に削り、板のほうは鋸(のこぎり)で逆三角 形に溝をつくり、その溝に竹を差し込んでいた。木の稲子より簡単に板同士を固定する優れた方法である。竹稲子を手にとってつくづく眺めると、実に丁寧に 削っている。竹釘は知っていたが竹稲子ははじめてであった。

同じ現場でもっと驚いたのは、たった7㎜の天井板を「本実(ほんざね)」という加工によってまったく平に貼っている箇所であった。7.5㎜の板に2㎜の厚 さで深さ12㎜の溝を全体に彫り、そこに先端を厚さ1㎜ほどに鉋(かんな)で薄くした板を差し込むという気の遠くなるような仕事であった。

屋根裏に隠されたこのような優れた技や民俗風習。まだ当分の間それらを求めて私の屋根裏探検は続きそうである。

カテゴリー: 所長日記 — yutaka @ 12:05 AM

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