2005 年 6 月 20 日

「酒蔵に住む」 (江ノ電沿線新聞)

民家再生:鎌倉の酒蔵正面

明治21年に建てられた秋田県の巨大な酒蔵を鎌倉に移築して半年が過ぎた。移築を思い立ったのは2年前。私も所属するNPO日本民家再生リサイクル協会の 会員であるこの土地の持ち主の発案だった。「蔵を移築して賃貸住宅にしたい」。この協会は我が国の文化遺産の1つである民家を1棟でも残したいという想い の人々が集まって8年前に発足、現在全国で約2000人の会員を擁するまでになった。その活動の中心が「民家バンク」制度。これは様々な理由でいらなく なった民家を登録していただき、それを譲り受けて移築する人への橋渡し役をする制度で、現在までに60棟の民家が救われている。

バンク登録される民家には農家の土蔵もあるがこの酒蔵のように大きな蔵は稀である。秋田県湯沢市の街中に建つこの蔵を初めて見たとき、建主と私は思わず目 を見合わせた。稠密に立つ太い柱、柱を結ぶ大きな梁、巨大な戸前(蔵戸)…。早速譲り受けることにしたが当然ながら巨大なこの建物の移築に伴う困難が予想 された。最も懸念されたのが屋根の中央に載る長さ20m近い継ぎ目の無い棟木の輸送である。果たして鎌倉の町に運び込むことが出来るのか?もう1つの問題 は戸前である。観音開きで重さが約3トン。これを傷つけないで運べるのか?当初棟木は中央で切断して運ぶことにした。ところがそれを聞いた元の持ち主は 「それなら譲らない」と言う。

確かにクレーン車も無い時代に多くの人手を借りてこの棟木を屋根に載せた人々の苦労を考えると、切断は余りにも安易な解決であった。かくして棟木の大輸送 作戦が始まった。運送会社の社長自ら鎌倉へ出向いて道路の下見をしてその結論は「何とかなる」。戸前の方は柱が付いたまま外して特殊車両で輸送、棟上げ直 前に無事元の位置に収まった。こうして昨年5月、棟木が屋根に載って建前が完了。古式にのっとり上棟式が執り行われた。「カーン、カーン」棟梁が玄翁で棟 木を叩く音が新緑の扇ガ谷にこだましたのであった。

現在私はこの移築が縁で、蔵の一部を借りて住まいと設計事務所にしている。秋田から持ってきた土で再び塗られた土壁の優しさに包まれて仕事をする喜びを噛み締めているこの頃である。

カテゴリー: 所長日記 — yutaka @ 12:10 AM

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