2005 年 1 月 1 日

「戸前の不思議」 (建築とまちづくり No.329)

民家再生:戸前の不思議戸前とは蔵の土扉のことである。大切な財産を火災から守る大事な扉である。形式としては引戸と開き戸があり、開き戸では軸吊りによる方法と肘鉄(ひじが ね)と呼ぶ丁番で吊る方法がある。前号で紹介した明治21年の棟札がある秋田県の酒蔵では、高さが3m近くもある巨大な戸前が3箇所あった。いずれも肘鉄 による観音開きの形式である。道路に面する戸前は二重になっていて最初の戸前を開けると風除け室ならぬ「火除け室」があり、そこに二番目の戸前があるとい う念の入れ方であった。おかげで大正14年の大火にも焼け残ったと持ち主は言う。

戸 前にはわからないことが多い。1枚1トン近い重量をどうやって丁番と内部の骨組みで支えているのか、また「かけご」という段々になった合わせ目を半紙一枚 の隙間で仕上たり、爪で擦ってもびくともしない硬い漆喰を塗る左官技術もあまり伝わっていない。今回の酒蔵移築工事でその不思議を少しでも解き明かしたい と思っていたが、幸いなことにその戸前を一組解体することになった。

持ち主ほか関係者一同が集まりお神酒を扉に奉納してうやうやしく一礼、いよいよ解体が始まった。

表面の黒漆喰を剥がして断面を見ると、厚さ3㎜、白い漆喰の上に黒漆喰が薄く塗られている。立ち会った左官職人の解説によれば、強く鏝(こて)を当てた漆 喰がまだ生乾きのうちに黒いノロをかけて最後は手で何度もこすって磨くという高度な技術で、その昔は戸前専門の左官職人がこうした鏡のように光る壁を作っ たのだと言う。なんと戸前一箇所で90人工要したとのこと。戸前は蔵の顔であると同時に大切な財産であるのだ。

漆喰の下は土、その表面は固く締まっている。バールでは歯が立たず電動ブレーカーを持ち出して崩すとようやく木材が見えてきた。骨組みは栗材。肘鉄の腕は その骨組みの中央を貫いて扉の先端側の骨まで伸びて鉄のクサビで留めてある。肘鉄のもう一方の腕は扉を支える「さね柱」を貫いて斜めに室内側の柱まで伸び ている。片や「さね柱」と室内側のもう1本の太い柱は櫓貫(やぐらぬき)と呼ぶ水平材によって上下で緊結されている。こうして重量のある戸前を3本の柱で 堅固に支える仕組みがだんだんとわかってきた。

戸前を正面から見ると向かって右の扉よりも左の方が大きく見える。右の扉を男扉、左を女扉と呼び、扉を閉めるときは女扉を先に閉めてから男扉を閉める。女 扉は「かけご」に男扉が重なるのである。そのため扉の内側の見付け巾が異なるのである。酒蔵の持ち主によれば扉を閉めるときには決して「かけご」に手をか けないで中央の丸い鉄の輪を引っ張るようにと厳しくしつけられたとのこと。

今回の移築では戸前を3本の柱ごとそのまま外して再取付けする大工事を行った。ひとたび戸前だけを肘鉄から外すと再び取り付けることが困難であることを知っている施工者の進言であった。戸前の不思議に益々のめり込むこの頃である。

カテゴリー: 所長日記 — yutaka @ 12:04 AM