2006 年 7 月 20 日

「移築した酒蔵に住む」 (月刊「不動産流通」7月号)

民家再生:移築した酒蔵に住む明治21年に建てられた秋田県の酒蔵を鎌倉に移築して1年が過ぎました。現在その蔵の一部を借りて仕事場にしています。鎌倉に突然出現した大きな蔵は人目 に付くようで、時々観光人力車が止まって若い車夫が説明しています。今冬干し柿を正面の扉の前に吊るしたところ、それを背景に記念写真を撮る人が絶えませ んでした。そんな日常の中である日の夕方初老のご夫人がドアをノックしました。「この建物が建って本当に嬉しい。それだけを一言伝えたかった。」とおっ しゃいます。せっかくなのでもう少しお話を聞くと「30年以上も鎌倉に住んでいるが今の鎌倉はどんどん昔の風景が消えていく。素適なお宅が突然解体されて 更地になったかと思うと、駐車場になったりマンションになったり。そんな中で古い情緒のある建物が建ったことが嬉しかった。」その言葉はこの蔵の移築再生 にかかわった者として心に響くものでした。今春鎌倉市が主催する「景観づくり賞」をこの蔵は受賞しましたがその選出理由にはこう書かれていました。「秋田 より築 120年の酒蔵を移築して賃貸アパートとして再生利用している面白い試みです。建物前の植栽や空間が狭い道路に安心と潤いを与えています。」

蔵を移築してアパートにするという発想はこの土地をお持ちのT氏でした。氏は筆者が校長を務める「民家の学校」の受講生で、不動産管理業を営んでいる方で す。この学校は9年前に発足したNPO 日本民家再生リサイクル協会が主宰する学校で、カラキュラムは民家の基礎知識から始まって民家を作る技術を含めた年8回の講座。夏には古い宿場町に合宿し て昔ながらの囲炉裏とかまどを使った生活体験をしています。受講生は学生から初老の方までと年齢の幅が広く、彼らが力を合わせながら嬉々として煮炊きをす るという不思議な光景が毎年繰り広げられます。なぜ今民家が注目され、こうして若者から高齢者までこの協会に参加するのでしょうか。色々聞いてみると若い 世代にとっては民家に住んだ体験がほとんど無いけれども何となく郷愁をそそられるからという理由、中高年にとっては民家に住み、趣味を追求した暮らしを営 むのが夢という理由が多いようです。実際筆者は現在30代の若い家族と50代のご夫婦の為に民家を二棟移築しています。

蔵を移築してアパートにしたいというT氏の提案に最初は驚きましたが話を聞くうちにこの事業が決して無謀なことでは無いことが分かりました。T氏はこの蔵 の価値は時の経過と共に高くなることを見抜いたのです。現代の建築は新築した時に一定の性能を持っていても時の経過と共に低下してしまうのが普通。賃貸住 宅を経営する時に一番の悩みはそれによる家賃の低下だと言います。建築側から見ても木造の耐久性は今まで不当に低く見られていたと感じます。 RC造が50年、木造が30年というのが通例ですが誰が木造を30年としたのでしょう。我が国は築 1310年、世界最古の木造建築である法隆寺を持っているのです。住宅の建替えサイクルが英国で約120年、日本では23年という統計が出ています。その 英国を数年前訪れて古い木造民家が多いロンドンの西方コッツウォール地方に行きました。町の不動産業者の店先に掲示されている情報を見て驚きました。築年 数が古い家が付いた土地ほど価格が高いのです。中には築400年という家もありました。そのような古い家に住みながら修繕し、美しくしてまた転売すると言 います。古いものを大事にするということが価値を産むことを英国人は知っているのです。

秋田からはるばる鎌倉に来た蔵はこの土地で新たな命を授けられ、かの地で生きてきた年数と同じようにまた120年の時を刻むことでしょう。22世紀の鎌倉でこの蔵だけが生き延びていることの無いことを望みたいものです。

カテゴリー: O設計室の知恵袋,所長日記 — yutaka @ 12:45 AM

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