2005 年 9 月 20 日

「落水荘」 (建築とまちづくり No.336)

民家再生:落水荘旅のきっかけは学友のO君の死であった。彼は若いとき米国を数ヶ月間車で周遊した。帰国して彼は最も感銘を受けた建築としてフランク・ロイド・ライトのカ ウフマン邸、いわゆる「落水荘」をあげた。彼の喪失を人一倍悲しんだ同じ学友のK君を旅に誘ったのは私の方からであった。「彼の追悼を落水荘でしない か?」。

旅の計画は2003年5月17日のシカゴを中心とした日程で組まれた。その日は年に一度のライトデイ。オークパークという町に点在するライトの住宅が内部も含めて見学できる“美味しい”日なのである。

町に入ると通りに机を出して子どもたちがジュースを販売したり、ライトの等身大写真の横で記念撮影ができたりとお祭り気分。アメリカ生まれの建築家として ライトが人々にいかに愛されているかという一端を垣間見る思いがした。見学の案内は各部屋に配置されたボランティアガイドが行うが、驚いたことに中学生ぐ らいの男の子もいて立派に説明している。部屋は住人が寝起きのまま出かけたような有り様で、開けっぴろげなアメリカ人気質そのままである。こちらではライ トの住宅に住むこと自体がステータスを現していると言われるが、こうして一日我が家を開放すること自体を楽しんでいるように見える。

目指す落水荘はシカゴから飛行機で一時間ほどのペンシルバニア州ピッツバーグから車で2時間ほど山に入ったところにある。通り過ごしそうな小さな案内板に 従って左折して森を進むとビジターセンターが見えてきた。我々は事前に予約を入れていた特別ツアーに参加した。これは一人40ドルと高いが、一般ツアーの 始まる前なのでゆっくり見学できて写真撮影も可能なのだ。

ガイドがの女性と森を歩き始めるが、なかなかあの光景が見えてこない。ようやく右手に白い橋が見えてきた。はやる心を抑えながらゆっくりと橋の上に立つ。 手摺から正面を見る。重なる白い箱が川の上に浮遊している、写真で何回となく見てきた光景が眼前に広がった。K君と私はおもわず握手をした。彼はふところ から亡きO君の遺影を取り出して言った。「遂に君の愛する建築に会えたよ」。こうして私たちの感傷的な落水荘見学が始まったのである。

玄関から居間に入る。カウフマン氏が昼寝をした滝の上の大岩は暖炉の前に横たわり、私たちを迎えてくれた。室内の空間が一つはテラスに、もう一つは水辺に 降りる階段へと流れるように連続する。流れ落ちるのは水だけではないのだ。その階段の水平引戸のディテールに目を見張り、キッチンではコーナー窓の革新性 に驚くのは建築家の性か。それにしてもこの建築はどこから眺めても美しく、あっという間に時間が過ぎていく。

建物を離れて再び橋を渡って対岸の森を歩いて滝の下へ降りた。誰もが記念写真を撮るそこで、私は小さな野帖を開いてスケッチを始めた。滝の音を耳にしなが ら鉛筆を動かすとようやく心が落ち着いてきた。大地の創造力を建築に昇華したライトの傑作、落水荘。建築をやっていて本当に良かったと思えた時間だった。

「O君、ありがとう」。

カテゴリー: 所長日記 — yutaka @ 12:44 AM

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